Uncategorized

日本におけるモラルハザードの弊害

今の日本で問題なのは、いわゆる弱者によるモラルハザード。

高齢者、低所得者、生活保護者、国民年金加入者に対して、歯止めなく給付を行い、そのことを政治家もマスコミも問題視してこなかった。

なぜなら弱者に対する給付を絞ると社会的に批判されるから。霞が関もこれに抵抗できずに唯々諾々と従ってきた。なぜなら、トラブルを起こすと、自らの将来に影響が出てしまうから。

この結果、20年前、10年前と比較しても、何かあれば国が黙ってお金を出せばそれでよいという風潮が広がっている。

しかしながら、そのような余裕はない。高齢者が増加し、少子化が進んでいる。高齢化のひずみを現役や将来世代が負担する余裕は全くない。今すぐにでも制度を変えなければいけない。

国民皆保険を維持するのであれば、高齢者、低所得者、生活保護者を含め、全ての人間に対して3割負担を義務付ける必要がある。医療保険や介護保険の対象も縮小(市場で購入できるものにお金を投入すればモラルハザードが発生する)。生活保護者の医療費が無料であるため、とんでもない額の給付がなされているのはモラルハザード以外の何物でもない。高額医療費療養費制度もサステーナブルではない。FPの資格を取った際に改めて感じたことだが、制度がある以上は個人としては使うべきだが、制度論としては維持は無理。例えば自己負担額や自己負担割合をもっと引き上げることが必要。継続的に発生する負担や効果が乏しい医療(例えば、認知症の進行を遅らせるだけの医療)については、対象外にするか、自己負担額の上限を引き上げるべき。

結果的に、いたずらな延命をなくし、その延命にひきずられて対応する人的資本を日本の未来のために使うべき。医療や介護は大事であるが、そのために必要な負担を当事者が負いたくないようなケースにまで、無理に医療や介護を行う余裕はない。そのために、各人各人が自らの負担を考えるようにしなければならない。国民皆保険で3割負担ですむというということだけで、諸外国と比較しても十分に公的保険は充実している。

自立できるご老人が長生きするのはすばらしい。また、自らの負担や家族の支援で、一定の自己負担を行いながら、医療や介護の給付を受けるということも大変すばらしい。だが、今後ますます進む少子高齢化の中で、高齢者・低所得者・生活保護者等の弱者に対する規律なき給付を黙って許容し続ける余裕はない。これらの負担を速やかに見直すということが現在の日本社会の最も大きな課題だと考えている。

こうした観点からは、日本維新の会の問題提起はすばらしい。自民党総裁選でも、社会保険負担の抑制が出てきていることは評価できる。ただ、社会保険制度の見直しはできるだけ早く、抜本的に実施することが必要。

これが実現できるとすれば、非常に強い内閣を作り、トップ主導で、霞が関を人事権を用いて縛り、強行突破していくというのが一つのシナリオ。政治サイドでは自民党、日本維新の会、国民民主党などが問題意識を共有してそうした方向に動くのが理想。公明党は個々の議員は温和でまっとうな人が多い(学会の支援を受ける以上当然そうなるのであろう)が、政策としては弱者救済が党是であり、こうした改革について来るのは困難な気がする。

給与所得者の社会保険料は、労働者負担分と同額を雇用者負担しているということを考えればとんでもない負担に達している。これが税ではないからということで、厚生労働省の限られた枠組みで決められ、めちゃくちゃな使い方をされている。これを検証すべきマスコミも口当たりがよい無責任なことばかりを言っている。記者クラブで役所側からの説明を鵜呑みにして、本質を見ずに、速報記事を垂れ流しているというのも問題。

いろいろと言い出せばきりがないが、自民党の総裁選で、以上のような問題意識に最も合致する主張をしているのが河野太郎議員。

この人、肝も据わっているし、実行力もあるが、人の話を聞かないし、罵倒してしまうから支持は広がらないんだろうなあ。デジタル政策も、社会保険料の抑制も、各人が税申告を行うべきという主張も極めて真っ当なんだけどなあ。ただ、あのエキセントリックさに接したことがある人が、怖くて彼を日本のトップにしないという判断をするというのも、これまた当然予想される展開。

まあ、どうなることやら。。。以上、つらつらと思いのたけを書き連ねるだけの文章でした。

 

 

 

ABOUT ME
ひみえし
ひみえし
中年会社員。妻と1男1女の4人家族。 2級FP。投資、家計管理、情報発信など個人としての生活力の向上に取り組んでいる。